『何故 ダイビング中に死亡事故が起きるのか』

 

 

  『ウエイトベルトやBCDの着脱、セカンドステージやBCDインフレーター、ゲージコンソールのリカバリー 等を視覚に頼る事無く 瞬時・的確に行える』、『BCDを使っての潜降および浮上速度、中性浮力の調整が出来る』、『正しいコンパスの使い方を知っている』、そんなダイバーが果たして何人いるだろうか。

 

  「講習中の安全管理に不備」や「予想を遥かに上回る、それこそ天変地異の様な気象・海況の急変」、「循環器系の突発性疾患」等を除けば、ダイビングにおける死亡事故原因の大半は ダイバーとしての完成度(知識・技能の修得レベル)があまりにも低いことにあると言える。

    * これはバディシステムやチームの一員としてのダイバーに限ったことではなく、チームリーダーやガイドダイバー、インストラクターにも当て嵌まる。

 

  ダイビングとは 「行こう」と思い立ち、潜水計画を立案し始めた時から 帰宅して器材の後片付けやロク付け(総評・反省等)を終えるまでを言う。《左図》は、その全行程の中で エントリーからエキジットまで に相当する。

  エントリーラインに臨むダイバー()の立ち位置は、常に一定ではない。潜水計画の不備、トレーニングやコミュニケーションの不足、体調や精神状態、海況(うねり、潮流、濁り)、想定ミスや判断ミス、エントリー前のトラブル等により、図の右側へと移動する。これらが重複すれば、『エントリー後、即デッドゾーン(重大事故)』に踏み込むことも。

    * 同じような理由から、デッドゾーンもダイバーに迫って来る

  ダイビングには 数多くの判断や行動、即ち 二択が伴う。この岐路(●)には 『安全に根ざした正しい選択最短ルート)』と、『デッドゾーン(重大事故発生)に近づいてしまう 誤った選択迂回ルート)』 がある。

  数限りない二択に対して 必要な知識や技能を 修得・遵守しているダイバー()は、デッドゾーンに近づく事無く[セーフティゾーンを通って] エキジットに向かって進むが、そうでない場合は 徐々にデッドゾーンに近づいてしまう。そして 概ね迂回ルートがら 最短[正規]ルートへと、軌道修正することは無い[出来ない]。

    * ダイビングに必要な知識や技能の修得がなされていないダイバーには、当然のことながら 道を誤ったという自覚がない。

    * 知識や技能を修得したダイバーでも それを遵守する意思や能力が無ければ、修得していないのと同じ。

  セーフティソーンは 相当に広いので、通常 一度や二度の誤りデッドゾーンに達するものではない。しかし ダイバーがとる行動には 器材の取扱方法や心得といった些細なことも当然含まれるので、誤った選択が積み重なれば、あっという間にデッドゾーンに肉迫する。

    * こうなると、最早 一線を超える最後の一歩(誤り)が 大きかろうと小さかろうと[内容が重大であろうが軽微であろうが] 結果は同じ死亡事故。だからこそ 優れたマニュアルの修得・遵守が事故予防の最善策と言える。

 

 

  バディシステム 或いはチームの一員としてダイビングを行う際に必要な知識や技能は、全て 過去に起きたトラブルや死亡事故を基に、それらを予防することを目的として編み出されたもの。つまり、数多くのダイバーの 苦痛や失われた命の上に成り立っている。

  この様な 安全の規範であるマニュアルの内容が インストラクターから講習生に伝承されていないことが、事故発生の根幹にある。また 道を誤る原因として‥、

  1 講習を行うインストラクターの質が低い

  2 講習に用いるマニュアル(特に実技講習)の質が低い

  3 実技講習が適格に行われていない(質・量ともに手抜き講習)

 等が挙げられる。

 

(インストラクターの質が低い理由‥)

  子は親の鏡であり、鳶が鷹を生むことはない。OWダイバーの成れの果てであるインストラクターは 自身も『質の低い実技講習』を受け、殆んどの場合 その講習を行った先輩インストラクターの下でステップアップしている。因って 晴れてインストラクターになった自身も『質の高い実技講習』を知る機会も、また その努力もしない訳だから、自身の技量以上のことを講習生に伝えること等 出来ない。

    * 技能を正しく伝える環境さえ整っていれば、特に努力をする必要も無く、また 努力しなければと感じる事無く、誰もが本物のインストラクターになれるのに‥。

  加えて 「伝承(コピー)」は、弛まぬ努力が成されない限り 確実に劣化して行くもの。この『負の連鎖』をくい止める筈の指導団体は、その努力を放棄している。「教育」は指導団体が行う業務の中で 最もお金に成らないから、蔑ろにされた。

 

(実技講習に求められるものとは‥)

  水中は、陸上とは状況が大きく異なる。

    * 音声による伝達(意思表示)が難しいので、呼びかけを待つ受動的間係ではなく、お互いが自ら率先して情報収集を行う能動的間係が求められる。

    * 装着するマスクにより、視界が大きく制限される。

    * 思考能力が低下する。

  因って 実技講習には、

    * 視覚から得られる情報量には限界がある[同時に別方向のものを見ることはできない]ので、自身の動作・行動については 陸上・水中に限らす その大半を視覚に頼る事無く行えること。

        (陸上で出来ないことが、水中で出来様筈もない)

    * より多くの[出来ればあらゆる]状況下(陸上・水面・水中、うねり・潮流・視界不良 等)において、統一された動作・行動であること。

        (状況によって 左右や方法が入れ替わる様では、混乱や事故を誘発する)

    * 合理的であること。

    * 単純明快であること。

                   等が求められる。

  ダイビングにおけるあらゆる動作や行動は、全て この様なマニュアルに基づいている。本文冒頭の内容は そのほんの一例であり、現状ではBCDの クイックリリースバックルの正しい使い方や適格な給排気方法といった、器材の初歩的な取扱方法すら知らずに ダイビングが行われている。

    * 大多数のダイバーが「私は出来る、出来ている」と信じて疑わないことが更に状況を悪化させている。

 

(手抜き講習)

  大卒初任給が1万円だった当時の レギュレーター1台の価格は3万円だった。そんな時代は、敢えて講習料を貰わなくとも 器材販売が生み出す利益だけで ダイビングショップの経営は 十分に成り立っていた。

    * この何時売れるかも分からない高価な器材を仕入れ 販売する経営者は、当然 お金持ち。つまり 当時のダイビングショップとは、経営が赤字になろうと気にならない道楽商売。

  それから数十年‥、器材も講習料金も低価格競争の時代ともなれば、薄利多売を唯一の活路と考え、インストラクター1名+ダイブマスター2名で 12名の講習生を担当。量を優先するには当然 質を落とさざるを得ず‥。そして インストラクターは、その質の落ちた講習を受けたダイバーの成れの果て。これまた『負の連鎖』の一因に‥。

 

 

  適切な知識や技能を修得していないという危険因子を十分過ぎる程持っているダイバーは、毎回 デッドゾーンと肉迫している。しかし 幸運というか 虫の知らせというか、何とかその手前で踏み止まっている。だが そんなダイビングを数多く続けることは、事故に遭遇する確率をより高めることを意味する。

  そして 自身が持つ運を使い果たした時、或いは些細なトラブルに伴う精神的不安定や驕り、経年劣化した知識・技能・注意力 等により、『白星は 終に黒星となる』。

 

 

  ここで述べたことは 上級Cカードへのステップアップや各種スペシャリティーの受講を推奨するためのものではない。そして 取得したCカードは 浮力調整機能にも、補助推進装置にも、ましてや予備の空気にも成りはしない。

(Cカードとは‥)

  質の高いOW講習を終了(相応の知識・技能を修得)すれば、バディシステムでの初歩的バターン(コース取り)によるダイビング、若しくは バディチームに一員として参加する、といった 「ダイバーとしてのスタートラインに立ったことの証」でしかなく、ここから経験を積み重ねることで 真のOWダイバーへの成長が望める。

  同じ様にAD講習を終了すれば、ダイビングポイントを縦横無尽に楽しむことのできるナビゲーションの基礎技能を知ることとなり、更に経験を積み重ねることで、バディチームのリーダーになることも可能となる。

  しかし いずれの場合においても、講習修了後に年間を通して 内容の伴うダイビングを一定数以上経験し続けなければ、知識や技能は自ずと劣化してしまう。

  軟弱な土台の上には、建物はおろか 柱1本立ちはしない。

 

 

ご意見・ご質問等ございましたら、下記アドレスまでお送り下さい。

            scuba@piston-diaphragm.com  (異論、反論、歓迎します☆◎)