『寄せ波に 弾き飛ばされ‥、ウイスキー』

 

 

  東伊豆で現地スタッフになって間もない頃‥。

  その日は日だった。晴天だが台風が通過したばかりなので うねりは高く、近隣のダイビングポイントは どこも赤旗だった。私は港で、カイドラインやボート係留ブイ用ロープの張り替えに備えての作業をしていた。ふと顔を上げてみると、防波堤先端に向かう 2人連れの釣り人がいた。今は上げ潮の時間帯。この釣り人、間違いなく 頭から海水を被るか、持ち物を全て流されるであろうことは目に見えていたので、一応 注意を促した。だが案の定、聞く耳を持たない。「では、お好きな様に」と引き返して 再び作業を始めた。

  暫くすると 大きなうねりがやって来て、予想通り 釣り人は頭から海水を被り、防波堤上に置いた荷物は 全て海中に没した。

  釣り人は肩を落として港を後にしたが、暫くすると 顔見知りの漁師と共に 私のところにやって来た。流された荷物の中に 車の鍵が入っていたらしく、それを拾い出して欲しいとのこと。どうやら 釣り人は、その漁師の親戚らしい。無下に断る訳にもいかず、形ばかりながらも潜ることとなった。

  目だった濁りは無かったが、うねりの力は相当なものたった。ましてや 荷物が落ちたあたりは、防波堤の土台近くなので 水深が浅く、うねりの影響をもろに受ける。万が一 引き波で防波堤の先端に引き摺り出されたところに寄せ波でも来ようものなら、間違いなくゴロタまで弾き飛ばされる。

  そんなことにはならない様にと 適当なところで引き上げようとした 次の瞬間、今までには無かった強い引き波に因って、あっという間に 防波堤の先端まで運ばれてしまった。

  海中を漂う気泡の動きが一瞬変わった。『ヤバイ !!』 両腕を使って 頭とマスクを保護する様に押さえた次の瞬間、その日 最大と思われる寄せ波をまともに受けて弾き飛ばされた。

  天地が定まらぬ程に うねりに翻弄され、気付くと 大量の気泡に囲まれていた。つまり ここはゴロタの真ん前。第二波が来る前に 急ぎこの場から退避しなければ、次はゴロタに打ち揚げられる。リストコンjパス方位120に全速回避して 難を免れた。正に あっという間の出来事だった。

    * ここは、OW講習の時から慣れ親しんだ場所。防波堤の方角は勿論のこと、うねりが港に打ち寄せる方向、それに対する回避行動(方位)も、ずっと以前から(小規模ながらも)経験済み。『方位120に全速回避』は予定行動に過ぎない。

  この日は、これにてエキジット。後で漁師に話を聞くと、ゴロタの直前で一瞬フィンが見えたそうな。防波堤先端からそこまでの距離、およそ 15m。

  お目当ての荷物は翌日 港の外、防波堤から遠く離れた砂地に 半ば埋まっていたところを発見し、漁師を通して無事 釣り人の元に返された。大枚入った財布も含まれていたらしく、後日 謝礼にと 高級ウイスキーが届いた。

 

 

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