『ホースカラー(horse collar)型BCD』

 

 

  床下収納を整理していたら、珍しい物が出てきた。

  『Equi-VEST』  Cressi-sub  made in Italy 製造年は不明。ホースカラー型BCDの原型の様なモデルだ。

  本来 ホースカラーとは、馬が荷車や農耕具を引く際の負荷を 首や肩の回りに分散させるための装具のことで、その形状が 『馬の襟(horse collar)』の様に見えることから そう名付けられた。

  初期のBCDは 形状がこの馬装具に似ていたので、以降 首に掛けるタイプのBCDを『ホースカラー』と称し、後に発売される『スタビライジング・ジャケット(通称 スタビ)』や『バタフライ(背面浮き袋型)』と対比している。

  ホースカラー型BCDは、スクーバダイビングが行われる以前から利用させていた「タイヤチューブの一端を切り取り、そこにロープやベルトを通した」簡易型リフティングバッグにヒントを得たと言える。また タイヤチューブには都合良く 給気用エアバルブも付いているので、切り取った部分を接着し、更に安全弁と併用の排気バルブと、体に固定するためのベルトを取り付ければ、誰でも容易に ホースカラー型BCDを作れたであろう。それが商品化の切欠かもしれない。

 

  この『Equi-VEST』、素材には コーティング・ラジアルジャージを使用している。

    * 織物の表面に防水・気密加工を施したもの。収縮性は無いが耐久性に優れており、リフティングバッグや初期のドライスーツの素材としても利用された。

  給気は、パワーインフレーションのみ。中圧ホースは インフレータ−と常時接続(現在の様な着脱機能は無い)なので、BCDは中圧ホースを通じて レギュレーターと一体になっている。

  排気は BCDの右下側にある黒いノブを下に引くことで、袋裏側のバルブが開く、或いは左側にある安全弁に取り付けられた赤いノブを引くことで行う。

  浮力の中心が首後部にあるため、水面における安全確保は不十分なものとなる。また同じ理由から 水中における『トリム水平、静止』も極めて難しい。

    * 浮き袋(浮力の中心)が直立するダイバーの肩より下に無ければ 口元が海水に浸かるので、立泳ぎ 或いは レギュレーターによる呼吸確保が不可欠となる。

  ダイバーはタンクを取り付けたハーネス(背負子)を背負った後、BCDを首に掛け、下部にあるベルトをウエイトベルトに通して固定する。

    * こうすることで BCDの浮力がダイバーに作用する。

  この様な装着方法のため、ボートダイビングエキジット等の際に行う水面脱装では ダイバーは十分な浮力を確保できない。

    * 先にウエイトベルトを外せば 浮力が失われるし、一体化したBCDとハーネスを先に外すと ダイバーにはウエイトの重さがかかったまま。いずれにしても 立泳ぎが欠かせない。

  そこで パワーインフレーター用中圧ホースを「着脱式」に、 BCDの固定をウエイトベルトから「股掛け式」に、浮力の中心を後頭部から胸部に移した『前掛け[股掛け]型』へと改良された。そしてホースカラー型BCDは 後にメーカー各社がスタビライジング・ジャケット(現在のジャケット型BCDの原型)を発売して以降も、80年代半ば頃まで ダイビング雑誌の表紙やカラーページに、これを装着しているダイバーの写真が掲載されていた。

 

  《左写真》は、その『前掛け[股掛け]型』のホースカラー型BCDのひとつ。アメリカ Sportways社製 「WATERLUNG」。

  給気は、現在と同じく オーラル&パワーインフレーション。肩に排気バルブは付いていない。安全弁は、正面ポケットの後ろ。《画面・右中央》に見える黒いノブは 緊急または非依存性浮上(free ascent)を行う際の補助具、炭酸ガスカートリッジを開けるためのスイッチ。

    * 現在の様に 残圧計が標準装備ではなく、タンクのリザーブバルブに頼っていた時代。エア切れに伴う非依存性(単独急速)浮上は、決して珍しいものではなかった。炭酸ガスをBCD内に放出することで、緊急浮上をサポートした。

    * だが現実には、誤ってノブを引いてしまう等の誤作動が頻発し、炭酸ガスカートリッジを取り付けるダイバーは少数派となってしまった。

  下部ループベルトにそれぞれ脚を差し入れた後 BCDを首に掛け、ベルトの両端を引くことで 体に密着させる。

  水面脱装では ウエイトベルト、パワーインフレーター用中圧ホース、ハーネス(タンク&レギュレーター)の順で外すが、BCDは装着したままエキジットする。

 

 

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