『枯れ木の賑わい』

 

 

 『普段なら気にも留めないもの、つまらないものでも、それなりに数が揃えば価値あるものになる』の例えと、つい最近までそう思っていた。正しくは「枯れ木も山の賑わい」で、その意味も「無いよりはまし」。二重の大間違いだ。

  しかし海では、そんな光景を時々目にすることがある。

 

  海の中にも四季はある。そろそろ夏も終わりかと感じる頃になると、とあるダイビングポイントの飛び根の先端脇、水深22mの砂地に、普段なら見向きもしないタカノハダイが群れる。その数50から 多い時は100にも迫ろうかという程。その群れは、大きく2つに分かれている。

  中層にいるものは、自分の優位を誇示する 或いは 縄張りを主張するかの様に、仲間を追いかけ泳ぎ回っている。砂地に着底しているものは、皆 一様に腹が膨れている。つまりこれは 産卵の準備段階で、中層にいるのはオス、着底しているのはメスなのだ。

  着底しているものは、皆一様に 沖の方を向いている。何故なのだろう? 試しにと思い、群れの最後尾を刺激しない程度に間合いを開けつつ 同じ様な『腹這い姿勢』を取ってみた。すると ほんの僅かだが、体が左右に振られる様に思えた。

(推論)

  着底は体力温存のため。そして 底うねりにより 体が左右に振られるのを最小限に抑える方法として 沖の方[うねりの来る方向]に頭を向けている。

 

  こちらも腹這いになり 真正面から見るその姿は、とてもユーモラスで飽きない(私の場合)。底うねりは着底している全てのタカノハダイに等しく作用しているので、群れは一糸乱れず 左右に揺れる。コンサートでのペンライト等、遠く及ばない程に。気が付くと、こちらも そのリズムに併せて体を左右に振っていた。辺りを見渡すと他のダイバーも‥。また タカノハダイの分厚い唇と 何とも言えない微妙な体の揺れ加減が、まるで不貞腐れた子供の様で可愛い。実際 真正面にいるダイバーが気に入らないのか、群れの先頭でダイバーと対峙していたタカノハダイは、徐々に群れの最後尾へと移動して行く。まるで その群れがひとつの生物で、徐々に後ずさりしていくかの様だ。

  真後ろからの光景も笑える。体の傾きを少しでも抑えようと、尾ヒレを体の傾きに併せて同じ方向に振っている。これまた 一糸乱れずに‥。

 

  やがてメスは 時を計ったかの様に 次々と水底を離れ、中層にいるオスの群れの中へ。オスは子孫を残そうとメスの後を全力で追い、産卵・受精が行われる。

  そしてこの光景は しばらく続くが、ある日忽然と消え去る。その頃になると 海中はすっかり秋の雰囲気に包まれる。

 

 

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