『一天にわかに かき曇り、時ならずして 赤紫』

 

 

  神奈川県沿岸は、周辺河川から流れ込む生活排水により 富栄養化状態にある。夏、山間部で集中豪雨が起こると、大量の土砂が海に流れ出す。この状況下で晴天が数日続くと、大量の赤潮が発生する。

  相模湾沿岸の潮は、伊豆大島を中心として 概ね反時計方向[左回り]に流れている。年によってその程度は異なるが、赤潮は 数日後には東伊豆にまで達する。

 

  その夏の赤潮は凄まじかった。

  「赤潮が発生した」「今日は○○まで達した」「明日は△△まで覆われる」といった情報は伝言ゲームの様に クチコミで随時齎されるので、かなり正確な到達日時がわかる。到達が確実となり、当日はスケジュールを前倒しした。最終ボートダイビングは最も南のポイントで行ったが、ついにそれは 浮上開始まであと10分というところでやって来た。辺りがいきなり薄暗くなった。見上げると、そこには テラサイズのアメフラシを刺激したかの様な、赤紫色の塊があった。方向からして最早 浮上予定のブイ周辺は、赤潮に覆われていると判断し、場所を変えて安全停止をしていると、赤潮はその濃さを徐々に増して行く。安全停止もそこそこに浮上を完了すると、水面は見渡す限り赤紫。港へ戻るホートの上では、生臭さを感じる程。

 

  次の日、ビーチダイブのゲストあり。様子見に潜ったが、水底まで赤紫。一縷の望みをかけてボートポイントへ。水深12mまでは赤紫、だが その下は濁りなし。

  ボートダイビング決行。ブリーフィング、海況説明。全員水中ライト携帯。潜降ライン保持厳守、ガイドとマンツーマン潜降、着底。水深18m、ここまでは 赤潮も一切届いていない。ライトの光が良く届くが、照らされた部分以外は何も見えない。炎天下の暗黒ダイビング、といった様相。ナイトダイビング以上に魚の気配を感じないが、イセエビだけは それを上回るてんこ盛り状態。

  安全停止を行える状況ではないので、十分な余裕をみて 水深12mまで全員浮上、そこから先はマンツーマン浮上。暗黒世界から全員生還。おそらく 周辺水域で潜ったのは。ウチらだけだろう。

  その日は、この『体験ダイビング』1本だけで クローズ。

 

  今にして思えば、これって 普段(麦茶にコーラ)のお台場ダイビング‥(たまには 水が澄んでいる時もあるけれど)。

 

 

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