『貧酸素水塊、イシガニの捕獲方法』

 

 

(6月26日06時40分 気象庁予報部発表)

  大型の台風5号は、26日6時には黄海を1時間におよそ55kmの速さで北上中。中心の気圧は985hp、最大風速は25m、最大瞬間風速は35m。暴風域はなし。梅雨前線は東北地方南部に停滞、東京は終日 曇り。

  潮汐は 満潮 14:02、干潮 07:21 (芝浦)

 

  ダイビングのトップシーズンになったせいか 参加者は少ないが、選りすぐりのコアな 無視界潜水をも厭わないメンバーが揃った。

 

  去年までは奇数月のみの活動だったので、6月の海況を見るのは初めて。今年はここ数年に比べ 梅雨入りが早く、また 5〜6月の気温は低かった。とはいえ 例年の夏に発生する貧酸素水塊の兆候が、水の濁り具合からも伺える。

    * 水中溶存酸素量が極めて不足している孤立した水塊、或いは その様な水塊の占める水域。

  お台場 および その周辺水域が貧酸素水塊になるのは 酸素を発生する植生生物の類が殆んど生息していないから‥ではないのです。

 

  大学院生Mrs.ホンビノスは、冷蔵庫内のサンプル整理のため 今回はお休み。そこで潜水目的を イシガニ採取と、次回ナビゲーショントレーニング用カリキュラムの作成とした。帰宅後 今日の海況とイシガニの写真を送ったところ、次の様な丁寧な解説メールが届いた。

 

  貧酸素水塊とイシガニの行動

    貧酸素は夏に急に発生するものではなく、春の植物プランクトンの大繁殖(ブルーミング)の時期にすでに始まっています。

    死んだ植物プランクトンは底にたまり、バクテリアによって分解され、その過程で酸素が消費されます。また、春から夏にかけて水温の上昇によって 水温の層(温かい水は上、冷たい水は下に)ができます。これを水温躍層(サーモクライン thermocline)と言います。この躍層は梅雨の降雨に因って齎されることもあります(塩水は下、雨水は上)。

    躍層ができていると循環がないため、酸素消費がおきると貧酸素になります。先々週にお台場の水温を測ったら、少し水温躍層が見られましたので、底の方は酸素が少なくなっているかもしれません。

    深い所で溶存酸素濃度が低下すると、カニは浅い所に移動しますので、あの辺りですと、逃げ場がなくて、我々が潜っている辺りに行きつくのではないかと思います。

    もう1つの可能性としては6月に気候が良かったので 繁殖量が多かった可能性はありますが、そんなに成長は早くないと思います。繁殖期、生活史をちょっと調べたのですが適当な論文が見当たりませんでした。

 

  このことを踏まえて、今回のダイビングを振り返ってみると‥、

 

(午前 お台場海浜公園)

  水面は、入れっぱなしで濃い目になった 水出し麦茶の様な色。水温23度。公園は砲台跡へと続く遊歩道により 入り江の様になている。エントリーは その最奥部で、砲台跡に向かう程に 水温はやや下がり、濁りが改善されて行く。水底のあちらこちらに 綿埃のような白い堆積物が見られる。植物プランクトンの残骸だ。ミズクラゲも数多く見かけたが、その大半は円盤状に着底しており、浮遊しているものにも 生気は感じられない。

  ここに棲む生物は、今後 更に貧酸素が進む園内から より恵まれた環境へと避難するであろうから、既にこの水域でイシガニを見かけないのも道理と言える。

 

(午後 青海北埠頭公園)

  水面は お台場よりも更に酷く、まるで麦茶にコーラを混ぜた様な色。これを見た参加者から は、思わず声が揚がった程。

  潜水目的は、イシガニの採取。先月 撮り忘れたので、今度こそはと万端整えて来た。濁りはある程度考慮していたので、右手には 500ルーメンの水中ライトを備え、一連の採取作業を 主に左手だけで行える様に準備した。

   《備品》

    洗濯メッシュ :収納用。片手で ファスナーの開閉、開口が出来る様に 本体をBCDに複数箇所固定する。

    フリーザーバッグ :サイズ大(27cm四方程度のもの)を複数枚。特に Ziploc イージーシッパーは便利。開封したものを細く巻き、片手で個別に取り出せる様にしておく。

  潜降開始、案の定 暗い。右手に 330ルーメンの予備水中ライトを加え、2基持つこととした。潜降後、取り出したフリーザーバッグを8割程度裏返して、そこに左手を差し込む。こうすれば 捕獲の準備を終えながらも、左手でBCDの給排気やエアチェック 等が難なく出来る。

  水中ライトを広角に照らしてイシガニを探す。見つけたら 左手で軽く掴み、素早くフリーザーバックの折り返しを元に戻せば イシガニは既に袋の中、そしてパッキング。ライトを2基持つ右手でも、その指先を使えば これら一連の作業は造作も無いこと。これを洗濯メッシュに収めて、新たなフリーザーバッグを取り出し、また 同じことを繰り返す。

    * 挟まれるのが怖いならば、夏用よりは冬用グローブ、更にその上から軍手の装着をお勧めする。とにかく 軽く掴めば、ハサミはグロープや軍手を挟むだけで 指(皮膚)に直接届くことは無い。

 

  あっという間に3匹確保、イッカククモガニのおまけ付き。先月よりも明らかに個体数が多い。特に遊歩道の土台となる柱にびっしりと張り付いているイガイの中(より浅い水域)に多く潜んでいた。この潜水水域は最深でも6〜7m、遊歩道の柱周辺(浅水域)で2〜3m。貧酸素が進むこの時期、園外深水域に棲むイシガニにとって ここは最後に残された生息域なのだろう。

 

 

  ダイビングマニュアルにあるところの『潜水計画立案』には、『何を(目的)』 『どこで(場所)』 『いつ(時期・時間)』 『誰と(バディ、チーム)』と明記されている。

  今回は正に、潜水目的を達成する術を改めて示めしてくれたかの様なダイビングだった。

    * イシガニ採取という潜水目的が達成できるか否かは、海況 および イシガニの生態に関する情報を収集、それに基づいた場所や時期・時間の選定、バディやチーム編成、加えて 必要に応じた道具の作成や各種トレーニングの実施 等の準備によって、その結果が大きく左右される。『偶然に頼る結果オーライ』は、ダイビングとは言えない。

 

(追記)

  前回のダイビングで採取したイシガニと研究後の余剰貝は、Mrs.ホンビノス宅において ドマトベースのクラムチャウダーの具となったそうです。

  今回採取したイシガニは、夏に向けて 更に貧酸素化が進む目の前の海にリリースしました。イジガニにとって 鍋と海、どちらが幸せ?

 

 

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