『震災後、福島 久ノ浜に潜る』

 

 

  久ノ浜は、福島第一原子力発電所から 南に約40kmの位置。魚市場も併設する、周辺地域でも規模の大きな漁港だ。(詳細は 地図検索で)

  震災時には 高さ4mの津波が襲来して、100名近い死者・行方不明者、多数の施設・家屋が被害を受けた。漁港周辺は 魚市場のコンクリート製の柱、屋根を残して跡形も無く、造船所も壊滅的だ。

 

(潜水目的) 『流出放射能の海洋フードウエブ中での循環可能性の緊急モニタリング』

  放射能の生態系への導入にかかる事象を特定し、漁業の復興へ向けた情報とするため、放射性物質の生態系における流通経路を特定すること。その手法として‥、

    1. 潜水による観察および採取

    2. 生物群集構造の計測

        取得した微細藻類群集および付着生物群集より定法によりDNAを調製し、変性濃度勾配ゲル電気泳動法を用いて群集構造を計測する。ゲルよりDNAを再調製し、DNAシーケンサーを用いてその配列を決定することで群集を構成する生物種を同定する。その他の生物は一部を用いてDNAを定法により抽出し、同様の方法で配列より種を同定する。

    3. 放射能の計測

        取得した生物群および生物個体を11016時間処理し、粉体化する。粉末サンプルを秤量の後、ゲルマニウム検出器を用いたガンマ線スペクトル分析に供することで放射性物質の種類と量を計測する。

    4. 統計的手法による生態系中での放射能の動き情報の抽出

        生物群集構造および放射能核種毎の定量値の時間経過に伴う変動について、主成分分析法およびヒートマップチャート法を用いることでその共相関解析を行い、放射能の変動と同期して変動する生物種を推定する。これによって放射能の流通経路を科学的に推定する。

  を実施する。

    * 以上は配布された資料からの引用なので、2.以降については私も含め 凡人には理解し難い。興味のある方は、独自でお調べ下さい。

 

  久ノ浜漁港およびその周辺海域での底生生物、海水、泥の採取。放射性物質がどの程度蓄積しているか。これを線量計を携帯して、週1回 10週に亘って 研究者のバディとしてその安全管理と対象物の採取を行う。

 

(海況)

  とにかく濁っている。およそ一般的な海の濁りではない気がする。つい 東京湾最奥部お台場を連想してしまう。

  日本では 海に流れ込む川近くに集落が形成され、やがて漁港となったのが一般的。因って 大雨が降れば大量の土砂が周辺海域に流出することもあるが、その濁りとも違う。比較的粒子が粗く、思いの他 ライトの光は通る。 

  そして 底うねりが強い。海況の割に うねりに力がある。以前10年程 東伊豆に居た時、台風が頻繁に沿岸を通過した年があった。その時は僅かな気象の変化でもうねりが立ち、それは より力のあるものだった。あくまでも経験則だが、未だに あの巨大津波が うねりに何らかの影響を及ぼしているのではないか と考えてしまう。

  いすれにしても「底うねりのあるお台場ダイビング」なので、水中ライトとバディロープは欠かせない。この2点が、今調査一の働き者かも‥。

    * バディロープ&ブランチハンガー

 

  久ノ浜でも特に被害の大きかった東町の前に広がる浅瀬は良い藻場で アワビが沢山採れたそうだが、今はその面影はおろか アラメの根ひとつ残っていない荒涼たる岩場となっていた。時が経ったにもかかわらず 濁りが続いて十分に光が差し込まないせいか、藻類が育つ気配もない。

  同行している東京海洋大学の教授によると、アラメの繁殖時期は9月で、受精卵には移動能力がなく沈降するのみ。基となる雄株・雌株が無ければ、人工繁殖を行わない限り、短期の回復は難しい。だがその雄株・雌株の入手も 各県の水産試験場が江戸時代の藩の様に横の繋がりが無いので、ことはそう上手くは運ばない。繁殖時期は年に1回しかないので、その期を逃せば また来年。アラメが生育して はじめてアワビ漁場の再生がなる訳だから、更なる年月がかかってしまう 。

 

  当初(11月)は17度あった水温も 年末には13度。最高気温に至っては、4度となった。そ年が明けて 水温は、終に6度まで下がった。

    * ちなみに 私は6.5mm、バディ(研究者)は5mmのウエット・フルスーツ。水中はともかく、船上 そして 船着場(コンクリート上)での後片付けは、身に凍みる。

 

(生物の採取)

  どの様にすれば 採取がより楽になるか、それを工夫するのも仕事の内。だが今回は 打ち合わせの時間が取れなかったので、試行錯誤の改善となった。

☆ 当初 採取物は、小型の容器に小分けしていた。嵩張るものは、複数のスカリ網に入れていた。しかしそれらは 放射能計測の前段階で粉体化(乾燥)されるため「一定以上の量が必要」、「極度の視界不良」、「長物は底うねりの影響を受ける」、「回を重ねる内に水温は10度を下回る」等を考慮して、とにかく短時間に手際良くを念頭に、容量・目の細かさの異なる 丈の短い洗濯メッシュを複数用意し、各個体を相当量採取して 浮上後に分別する方法に、即 切り替えた。

☆ 複数の洗濯メッシュは うねりにより絡み易く、また ファスナーの開閉に手間取るので、取っ手付きの金属枠に 複数個取り付け、それぞれに少量の錘を入れた。

☆ 金属枠の取っ手には、角度が自由に変えられるステーを付け、これに水中ライトを取り付けた。他にも BCD右アームホールのクイックリリースバックル上部に同様のライトステー(自作)を増設し、採取中の光源を確保した。

    * 結局 全10回の調査の内、光源を必要としなかったのは  2回のみ。水中ライト無くして 本調査は成り立たなかったと言える。

☆ 携帯物(海水採取容器、ナイフ、熊手 等)はストラップが絡み合わない様に、全て ワンタッチで着脱可能な改良型クイックリリースバックルで金属枠に繋いだ。

☆ 海水採取容器等は 完全にエア抜きしておかないと かなりの浮力となるので、エントリー前には全ての携帯物について その浮力と水の抵抗を考慮した。

☆ 水底・水面付近の海水も相当量採取しなければならない。当初は 大型の点滴バックの様な容器に 給油用手動ポンプで注水していたが、あまりに時間がかかるので、蛇腹形状のバッグに変更してもらった。キャップを外してアコーディオンの様に 両サイドに引くだけで、短時間・大量採取が可能になった。

☆ 岩牡蠣採取用として ブロック鏨(たがね、刃幅90mm×全長215mm、重さ約600g )とハツリハンマー(重さ450g)を準備。

    * 岩牡蠣は 刺身に出来る程の大きさ(漁師談)に加え、おそらくは うねりの中での採取となるので、これ位の装備が必要と判断。

 ‥等々。

    * 中には実に些細な事も含まれるが、 潜水環境が悪ければ 作業効率は格段に違ってくる。最悪のコンディションを前提にしてこその 潜水計画、安全管理。

 

(泥の採取)

  港内の砂地には、厚さ20cm以上の泥が堆積している。高さ4mの津波、そしてそれ以降 主だった経済活動が行われていないことからも、この泥は 震災以降に堆積したものと思われる。

  事前に水底に張ったライン上を移動し、線量計が通常より高い数値を示した地点の軟泥を下記方法で採取する。但し 線量計は陸上とは異なり、水底ギリギリに構える。

   * 水は放射線を遮蔽するので、水底から1m離したら、殆ど放射線量は検出させず、意味をなさない。

    * 水中、水底で 線量計が驚くほど高い数値を示したことは、一度もながった。もっともそんな数値を示したら、泥の採取どころではない。

 

  長さ約30cmの水道用塩ビパイプの中には自由に上下できるピストンが入っている。予め上蓋を取り外しておいた塩ビパイプの底蓋を取り外し、ピストンが泥表面と接触する様に突き立てる。これをゴムハンマーを使って9割ほど打ち込んだ後、上蓋を取り付ける。こうすることで パイプを引き抜く際に泥が抜け落ちるのを防ぐ。そして引き抜いたパイプに底蓋を取り付けて 一連の作業が完了する。

  しかし 泥は事のほか軟らかいので、そのまま引き抜くと パイプ下部の泥が相当量落ちるおそれがあるので、パイプを倒しながら慎重に引き上げる という、軟泥ならではのやり方となった。これを毎回数ヶ所において行う。

 

  採取を終えたパイプは研究所において そのまま氷結させる。その後 パイプ表面にお湯をかけると、パイプと泥の接触面だけが溶けるので、氷結させた軟泥を簡単に押し出すことができるそうだ。これをスライスしたものを分析器にかけるとのこと。

  水中での最高値は、0.2マイクロシーベルト。東京都23区内の放射線量の約3倍。浮上後の簡易測定では、軟泥から セシウム134・137、通常よりも高い値の銀が検出させた。

    * 銀 : 原子炉制御棒の材料(合金)のひとつ。溶融、流出したもの。

  そんな泥の上でも、ヒラメの幼魚を数多く見かけた。魚も負けてはいないのだ。

 

(思わぬホットスポット

  その日も いつもの様に岸壁で器材をセッティングし、それを漁船に積み込むために並べていた。線量計は、GoProと水中ライトを併設した耐圧ケースの中にある。これを手に取り、ふと周辺の放射線量を測ってみると、これまでよりも明らかに数値が高い。近くに焚き火の跡があった。これが発生源、かと思ったが そうではない。あれやこれやと探し回っていると、何と元凶は BCD。帆布の様な質感の素材で作られているため、放射性物質を含んだ泥が その細かい織目に付着していたのだ。

 

  震災により 東北沿岸の港湾施設は甚大な被害を受け、その再建が始まっている。着低が当たり前の潜水士にとって 沈殿している放射性物質による被爆を相当量になるであろう。潜水時の線量計携帯は、殆ど意味をなさない。

  仮に 正確に計測できたとしても、その値が人体にどの様な影響を及ぼすかが分からないのだから、原発により近い水域での作業者達は 「特攻隊」と同じ。「日給200万円」などという噂が実しやか囁かれるのも頷ける。

 

(豊穣の海)

  久ノ浜漁港最奥部の船溜まり(ふなだまりも調査対象のひとつ。今回の調査では 海況に恵まれず、度々ここに潜ることとなった。

  ここは前出 「東町前の浅瀬」に比べ 奥まった所なので、僅かだが岸壁に海草が残っていた。年が明け 調査も終盤に差しかかった頃に同じ場所に潜ってみると、岸壁はすっかり海草に覆われていた。特にワカメは隆盛。水面下では イガイ、ワカメ、真牡蠣、アラメ が、その生育水深に応じて段を成している。

  これらも全て採取の対象なのだが、これが容易ではなかった。ここは、防波堤を超える程のうねりがある時の調査ポイント。港最奥部なので うねりは入って来ないのだが、中性浮力を維持していると 脚が振り回される程の引き・寄せに見舞われる。

 

  岩牡蠣ともなると 真牡蠣の比ではない。水深は5〜7mと深くはなるが、うねりがまともに打ち寄せるテトラポットの正面に 「刺身に出来る」程の大きさでへばりついている。採取は正に 建設現場でのコンクリート・はつり作業そのもので、その姿は うねりに翻弄させる海草の様。やはり はつり用工具を用意して大正解。

  辺り一面の岩牡蠣も、悲しいかな 今や猟師にとってはゴミも同然となってしまった。

 

(帰りの楽しみ)

  その日の調査を終えて、帰路 遅い昼食をとる。場所は 常磐道四ツ倉PA(上り線)内の『よつくら亭』。四ツ倉PA以北は、原発により通行止めのため ICが僅か2つしか開いていない。にも拘らず お昼をとうに過ぎても、客は引きも切らずにやって来る。

  とにかくメニューが豊富。40種類近く表示された券売機が2台(ご飯物用と麺類用)あり、味・量共に申し分なし。定食ご飯は おかわり自由。

  私の一押しは、海鮮餡かけチャーハン。熱々で塩分濃い目の味付けの餡が、冷えた体に染み渡る一品。

 

 

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